久し振りに連絡をした友達に、
ちょっと強引に遊びに行くよと言って、
仕込んだものと、材料をもって友達の家へ。
子供の用事があるから夕方以降ね、といわれていたので、
つまみになるようなものの素材をあれこれと。
っていうか、つまみと、お酒のことしか考えてなかったんですが(笑)。
友達は中学の頃からの友人で、
もう長いつきあいになるけれど、
年に一度連絡を取るかどうかという感じなのに、
未だに何かあると連絡をする仲で。
お母さんやお兄さん、お姉さん、
彼女の子供のこともみんな知っているし、
彼女も、私の旦那さんのことや家族のことを良く知っている。
久し振りに遊びに行ったら、お兄さんが居間にいた。
お母さんは煮物を作ってくれていて。
友達の子供は、すっかり少年になっていた。
台所借りるねー、といって、
小さな台所でぱぱっとつまみを作る。
カプレーゼと、生ハムとメロン、
海老とアボカドのサラダ、
それと、家で作ってきたタラモサラダにバゲット。

最初、友達のストックしていた発泡酒を飲んで、
そのあと白ワイン。
立ち寄ったデパートのワイン売場で見つけたワインをジャケ買い。
今日が楽しくなるようにと、ちょっと願いを込めて。

お母さんが作ってくれた筑前煮。
器も、ラーメン丼だったりするのがざっかけなくていい。
友達と、そのお兄さんと、お酒を飲みつつ、
私が作ったつまみと、お母さんの煮物を食べながら、
子供が夢中になっている野球の話をする。
じきに、時間も遅くなったので、お兄さんは帰ることに。
私は、子供と一緒に近所のお酒屋さんやコンビニへ買い出しに。

そのうち、もう一人、近所に住んでいる友達が合流。
やってきた友達は瓶入りのカクテル、
友達は昔から好きなバドワイザー、
私は買ってきたばかりのイタリアの赤と、
思い思いのものを開ける。
お母さんはお茶を飲みながらじっと私たちの話を聞いていて、
子供は「よいこのびーる」という見た目まるっきりビールな飲み物で飲み会参加(笑)。
とはいえ、みんなでするのは、お料理談義。
というのも、後から来た友達が相方さんと一緒に暮らしはじめて、
料理のことなど、悩んでいるせいもあったのだけど。
残っているつまみや筑前煮を食べながら彼女が話してくれたことは、
私にとってはすごく興味深かった。
家庭料理、というものをどうやって作ればいいのか、という、
言ってみればすごく簡単そうなことではあるのだけれど、
その実、非常に深い話。
タラモサラダを食べながら友達は言う。
「そうして簡単だっていうのは判るんだけど、
調味料の種類を増やすのは勇気が要るんだよね。
まだうち、オリーブオイルすらないもん。」
あー、そうかあ、と私はそれで思ったのです。
いっぱい料理のレシピ本は出ているし、
料理番組もたくさんあって、簡単そうに説明をしていても、
その調味料やスパイスを取り入れることが、
最初の壁になることもあるんだなあと。
だって、今あるものでも美味しいものは出来るし、
普段の料理をおもてなし料理にする方法はいろいろある。
それは盛りつけ方だったり、器の選び方だったり、
テーブルセッティングだったり。
でもそこから幅を広げるために、
新しい調味料をチョイスするとしたら、
ひとつを選んで、使いこなせるようになるまで、
時間もかかるかも知れないし、迷うこともあるかもしれない。
レシピを見ながら作るのは面倒くさいだろうし。
私が思っているよりも、
普段使っているものを変えていくことは簡単な事じゃないんだよね。
でもその友達はえらくって、
「まずは市販のドレッシングのようなものを止める」
ということを始めたんだそうだ。
そう、ドレッシングなんて、意外と簡単に出来るんだよね。
あればいいのは、好みのオイルとお酢やレモン、塩と胡椒。
ちょっとの調味料を泡立て器で混ぜて、
氷水に放してからよく水を切ってしゃきっとさせた野菜をいれて、
よく手で絡めれば、普段よりずっと美味しいものが出来るんだもの。
最初はドレッシングを作るために調味料を取り入れていくというのは、
すごく良い考えだなあと思った。
オイルやお酢のバリエーションが増えるよね。自然と。
そして、話は家庭の味へと戻る。
例えば、友達のお母さんの作る筑前煮は、
私が作るものとも、うちの親や祖母が作るものとも違う。
それぞれの家庭に、それぞれの味があるのは、当たり前のことだと思う。
だしの取り方や使う調味料は、それぞれの家庭で好みもあるから違うし、
味の決め方も当然違ってくる。
それは、家庭料理のレシピ本には出ていないもの。
レシピ本とか、基本的な調理に関する本は、
お料理を始めたばかりの人にはとても大切なものだと思う。
お料理教室に通うことすら考えていた友達には、なおさらだと思う。
けれども、レシピだけでは出来ない、家庭の味というのは、
だいたいの作り方がざっくり頭に入ったところで、
計量はしなくなるだろうし、好みの味にどんどん変わっていくだろうし。
家庭料理って、他人のレシピ本が作るんじゃなく、
それぞれの家庭の人が、それぞれに作っていくものだと思うんだよね。
そうして作っていくことがとても大切なんだと思うし、
だからこそ、他の人に真似できないいいものができるんだと思う。
そう言う意味でも、家でお料理をして、
家族をほっとさせる「我が家の味」を作れる人って偉いと思う。
私に出来てるかどうかは、よくわからないなあ。
でも、私の作るものは「私の家の料理」なんだと思う。
「これって君らしいよね」と、思われる料理を作れるようになりたいな。
たくさん話して、たくさん飲んで、程良いところで眠りにつく。
翌朝起きたら、
友達の子供が、卵を焼いてくれた。
もうちゃんと、お料理もするのだ。偉い。
甘い卵焼き。
ちゃんと層になっていて、ふんわりと美味しかった。

友達のご家族のみなさん、楽しい時間をどうもありがとう。
また、ごはんを作りに行きます。
翌日作ったミートソースは口にあったかなあ?
そしてまた、お母さんのごはんを、食べに行きたいです。
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