2008年1月17日 (木)

喰っちゃうんだよなあ、ターツァイ

夕べの晩酒ごはんでございます。

パーティの為に買ったイカとアサリ。アサリは、知り合いからもらった貝柱入りXO醤で炒めようと思っていたのだが、念のために酒蒸しにしたら1/3くらい開かなかった。危ないので泣く泣く廃棄。

しかし、イカは炒めれば大丈夫である。

という訳で、ターツァイ。このでかさで150円だ。すばらしい。貧乏人の味方である。
どうだ、という立派さである。

写真

しかし、我が家の北京鍋では、この量は炒めきらなかった。中華五徳を載せてみたら、かえって火が弱いコトも分かった。だからほとんど炒め煮になってしまった。味は酒醤油とにんにく・葱でシンプルに(生姜見つからなかった。ごま油と紹興酒は品切れ)。

皿に盛りきれず、鉢に盛り込んだよ。写真は所長のルミックスなので、手ぶれぶれです。すいません。
写真

もうひとつは、XO.醤と三升漬を酒で延ばしたものに漬け込んだ岩手赤鶏。
これはオーブントースターで焼く。いや、良い具合に焼けてくれて絶妙な旨さである。
写真

で、おまけにマグロの山かけ。
写真

普通だと、山かけで酒を呑んで、他のおかずでご飯を食べるものだが、我が家は逆である。
というか、俺は長いも/山芋が大好きで、これは何がどうなってもご飯のお伴なのである。
小学生の頃、やせっぽちだった俺だけれど、山芋がおかずだと、他のおかずは食べずに、口のまわりをかゆくしながら、山芋だけで白飯3杯は食えた。

昨日は飯が巧く炊けた。でも、一杯だけ。

写真

その変わり、二人で6合くらい呑んじゃった。おかずが多かったから(^_^;)。

写真

いかんなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

友だちは、いつでも来てよね、というとなかなか来ない

写真

先週の土曜日は、同居人の連載の撮影(ってボランティア(笑))。
sakuraという雑誌です。
本当は、ハンディのデジカメで良いらしいレベルなんだけど、一応、一眼レフ。
ただし、ストロボ立てるのは面倒なので天井の昼光色蛍光灯。だから色味が少し変です。
実際に使うときには若干色補正しないとね。

ああ、ハンディじゃない、一体型のストロボ欲しいわ。8万円くらいって言ってたなあ。
ボディもレンズもどんどん欲しくなる。
でも、プロの仕事じゃないからね、とりあえずは十分。

一足早い桜。撮影のために探したら、吉祥寺の花屋でちょっと高いこと言われたのだけれど、
何のことはない、西荻窪の西友に入荷していた。

後ろの絵は、マイミク・キンシオタニさんのポストカード4枚。

桜は2本買って、それを切ってワインクーラーに。

写真

このワインクーラーは、2~3本入ってしまうので便利。
日本のワインを出すときに重宝する。

もう何年か前、輪島の朝市の並びにある漆器屋さんで見つけたもの。
値段も高くなかったので、今となっては良い買い物だね。

ちなみに、後ろのポンコツの棚の上は梅です。
盆栽だよ(笑)。
東伏見さんにお参りに行ったときに買ってきたもの。
ストーブで暖かいから、もう満開です。今日辺りは散り始めている。

で、月曜日は、高円寺・ラスメニーナスの常連やスタッフとパーティ。

といっても、奴ら、呑むので、12本1万円のワインを取り寄せて(笑)。
なにせ、ラス目ニーナスのジョニーは呑むし喰う。

だから、ハードリカーはジンとウオトカを用意し、いざとなればミニスカウーゾもある。
澤姫の純米吟醸も一升瓶で用意し、焼酎は七夕の四郷瓶が半分以上残っている。
二階堂があるからダシ割りも作れるぜ、イェイ、と思っていたら、
肝心のジョニー、一緒に来るはずだった連れあいさんが頭痛と言うことで、
子供の世話をするために欠席。
子供のために、おもちゃとか、小さいバラの花束(ローザってなまえだからさ)とか、
遊ぶスペース作ったりしていたんだけれど。

というわけで、料理も少し縮小。
ジョニーが「どうしても食べたい」と言っていた雑煮は中止。
その代わり、脂で揚げずに、オーブントースターで焼いたおもちで、
高円寺龍家風「小雪ちゃん」(オリジナルは風神亭「雪とら」ね)モドキ。
なぜか、ウチのオーブントースター、お餅がせんべいみたいにさくっと焼けるので、
これが面白い食感だ。写真撮ってないけれど。

当日のゲストは、ラスの常連の日本人が男性一人、女性一人。英国人のアンディ・ザ・ダンディと日本に来たばかりのミシシッピ出身のブレイズ。だから途中でロバート・ジョンソンをかけたり。

そして、去年の結婚式のお祝いに、我が家と同じ、桐の米びつをプレゼントした仁さんと連れ合いさん。米びつは10kgの米が入るのだけれど、この二人は一ヶ月で10キロ喰うらしい。仁さんは夜、ラスメニーナスで働いているのに、ですよ。

最初はこんな料理でお出迎え。
パクチーが苦手かも知れないので、芹を使った春雨のサラダ。我が家の秘密兵器2品。
写真には無いけれど、神戸のちょっと良い店「わたる」のわたるちゃん直伝のトマトの焼いたん。これは絶品だった。でも、皮は湯むきしなきゃダメかなあ。

写真

んで、メインディッシュは、クリスマスにも食べた鶏の丸焼き。2羽。
実は、これは懐かしい、かしわ屋さんの丸焼き。焼き鳥のたれのようなものがかかっているヤツ。

写真

30代後半以上の方は懐かしい「アレ」です。

それをどうしたら旨く食べられるかということで、一工夫、二工夫。

見事にシノワ風味に変身して、みなさんに好評いただきました。

ほんとうは、これにアサリの豆鼓炒めとか、ターツァイのXO醤炒めとか、サブの料理を一杯用意していたんだけれど、みんなお腹いっぱい。

ワインはそれでも、泡が3本(1本、ロワールのビオが旨かった)、白が2本、赤が5本空いたのか。白以外はあまり安ワインに手を付けず。

そういえば、その前に買った12本8000円くらいのワインの1本があまりにもまずくて。
デュラレックスのコップでもダメだったので、デカンタージュして、AOCのテイスティンググラスで呑んで半分が限界だった。それを「料理用に」と3日間室温で放置していたら、化けていました。

酸こそはないものの、甘く優しい果実の香りと、落ち着いたタンニンで「結構いけるじゃん」っていうことになった。

でも、こういうワインは見極めが難しい。1日でへたれるワインも少なくない。

金曜日はキン・シオタニさんが来る予定。鍋にしようかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 8日 (火)

人日の節句 睦月なぬかの粥づくり と、ハムステーキ

七日を過ぎて、正月も終わりました。今年もだらだらと書いていきます。

でも、ごめんなさい。もう少しまじめにやりますね。

さて、今日は1月7日。

本来、七草粥は、中国の五節句のひとつ「人日(じんじつ」から来ているようで、この日は人を殺さず、ということで処刑もされなかったらしい。

ちなみに5日に友人が来て牛・豚・羊のしゃぶしゃぶをしてしまったから、「牛の日」である5日にそんなことをしてしまった俺は大罪人である。

七日には、本来「羮(あつもの)」を喰ったそうで、白菜が入ったしゃぶしゃぶの残りのスープに春雨を入れて食べるのはあながち間違いではなかったらしいのだが、同居人はどうもそれにあたったらしく、調子が悪い。

ま、それはそれとして、さっき近所の生協で七草セットが激安だったので買ってきて、今、七草粥を炊いている。野田琺瑯製のKAMADOという鍋は なかなか優れもので、粥も旨く炊けるが、最初に蓋をしないで炊くという点が面白い。これは普通のご飯もそうで、「湯炊き」ともまた違う方法だ。沸騰させ、 米の対流をさせつつ水分を飛ばし、重い蓋をして最後に炊きあげる。

Kayu_4

そんなことを、七笑をちびちびやりつつ楽しんでいるので、とうぜん体に良いわけもなく。同居人も食べられるかどうか。

俺は母親の料理の記憶はあり、好きな料理、懐かしい料理もたくさんあるのだが、いまさらに考えてみても、つくづく裕福ではなかったのだなあと思う。

生まれた「時代」が違うのだから、同居人と食べたものが違うのは分かるが、手作りのケーキも、自家製のスープも食べていない。塩鮭は十条の乾物屋で買っていたのだが、いつも「しっぽを買ってこい」と言われた。

その方が旨い、というのもあるだろうが、主に「身が多く、経済的である」というのが理由だろう。

里芋の煮っ転がしも、鼈甲煮のような、とろんとあまいタレのように煮たものだし、ジャガイモもやはり醤油と砂糖で煮てあって、にんじんやましてや絹さやなど入ってはいなかった。

日曜日の朝食の定番は、素焼き蕎麦か魚肉ソーセージ入りの焼きそばで、野菜は入っていない。しかも、酢をかけて食べた。あるいはトーストで、バターは塗るが、なぜか卵は醤油入りの炒り卵だ。

今でも大好きだけれどね。でも、やはり貧しい。

けれど、父親が晩酌を欠かさなかったおかげで、おこ ぼれには与っている。

清酒は白雪と決まっていて、だいたいはマグロの刺身、と言っても切り落としのようなものだった。ビールはキリンだった。ウィスキーはどこかでも らってきたダルマことオールドで、自分で買うときは角かなんかじゃなかったか。洋風のつまみは、たいていは乾きものと、サラミ。あの、堅い方のヤツだ。今 でもサラミは堅くないと許せない。

一番のごちそうは、プロセスチーズとロースハムだ。ロースハムの、あの白い脂身の巧さといったら。

ウィスキーの時は、父親はコークハイと呼んでいたが、ウィスキー&コークだったので、500mlのちょっと大きいボトルで2杯呑むと、少しだけ余 る。それを、姉と分け合って飲みながら、ロースハムを1枚か2枚だけ分けてもらう。父親は運転手だったから、日曜日には必ずガソリンスタンドでの洗車につ きあって、そのときには180mlの、ウェストがくびれたコーラの瓶を独り占めできたのは姉には内緒だ。当時のスタンドには、必ず縦にガラス窓が開いてい る冷蔵機が置いてあった。たぶん自動販売機ではなく、スタンドの兄ちゃんに金を払ったのではなかったか。王冠は、その冷蔵機に備え付けの栓抜きで抜いたけ れど、赤くペンキで塗られた鉄製の作業台の端でスタンドの兄ちゃんが器用に抜いているのを見て、格好良いなあと思ったのを覚えている。

そんな貧乏な家だったが、たまには天の恵みがやってくる。

父親が働いていたのは、日産系の商社らしく、台湾からパイナップルやバナナ、肉でんぶなどがやってきたことがあるし、お歳暮には毎年必ず「ハムの人」がやってきた。

かたまりのハムである。

巨大なマンガ肉である。

ギャートルズでもこうはいくまい、子供心に胸躍った、かたまりの肉である。

それを分厚くスライスして、ステーキにする。

ソースは、もちろんケチャップとウスターソースを混ぜたもので、ガルニもたぶん茹でただけのニンジンとかそんなものだったと思う。

胸を張って「大物」と言えたハムは、4人家族の為に切ると意外に薄く、おそらく1センチくらいじゃないか、せいぜい1.5センチだ。

それでも、年に1度か2度のハムステーキは、それはそれはごちそうだった。

そのハムステーキを、同居人が食べたことがないというので、年末に買い物に行ったときに、固まりのハムを買ってきた。上等の牛肉に比べれば安い。黒豚と同じか、少し安いくらいの値段である。

それを半分に切り、厚さはおよそ2.5センチ、いや3センチくらいかな。

もう大人なので、茹でたキタアカリを半分に切り、その切り口を油に付けるように、オリーブオイルで焼き目を付ける。一緒にプチトマトも焼く。蓋をしているから、焼くと言うよりブレゼみたいになる。

Hamu01_2

きちんと「ニッポンの洋食」、というならばにんじんを俵に切って、白ワインと少しの砂糖、ローリエと塩、白胡椒でグラッセしたり、ポテトは二度揚げにしたりするが、そこは家庭の洋食と言うことで。

ソースは、酒ごはん研究所らしく、フランベしたブランディだ。バターは使わず、オリーブオイルでじっくり焼いたフライパンでのフランベ。換気扇まで炎があがるから、火災報知器があるところでやってはいけない。

Hamu02_2

一緒に、サラダ。これは、もうマカロニサラダしかない。茹でたニンジンの銀杏切りとキュウリのスライスを入れ、松田のマヨネーズと塩胡椒、ヴィネガーを少し加えて、隠し味は蜂蜜である。

Makaroni_2

本当は、ポタージュがあると良かった。インスタントしかないのでパス。

で、バゲットもあったが、それは避けて、白飯。ナイフでフォークの背にのせて食べるのだよ。しかも、食べる前に塩を振るのだよ。ふふふ。

ちょっと分厚すぎて堅かったけれど、これはこれでアリだなあ。

雑誌で、ニッポンの洋食の特集をすると売れる。

これは、団塊の世代から、30代半ばまでの日本人が「初めて知った西洋の味」はたいていが「ニッポンの洋食」だからである。

俺は、ハンバーグもロールキャベツも得意だ。ハンバーグは、醤油とにんにくと粉チーズがきいたソースで、和風だが独特である。最後に赤ワインでフランベして、生クリームで仕上げる。ロールキャベツはトマトソースで煮込む。どちらも日本人好みだが、それはそれで面白い。

デミグラスソースなんて、洋食の「命」ではない。鰻だって、焼き鶏だって、代々続いたタレも旨いけれど、そうじゃないタレだって旨い店はある。

でも、なんだか作っていて、しみじみと切なくなってきたよ。

ああ、これは俺のルーツの味だなあ。

母親は、まだ生きているが、本当に料理がへただったなあ。

そして、俺の家は、貧乏だったなあ。

小学6年生。栃木で、両親が離婚して、母親の実家に行ったときに、転校先の小学校で「離婚したくせに」とからかわれた同級生を、学校中、1時間、モップを持って追いかけ回したことまで思い出しちまったよ。

俺は、ケンカは嫌いだ。泣き虫だし。そのときも泣いていたし。

でもあのときからだ。

おれはケンカをしたら、誰にでも勝てる、と思った。

手段さえ選ばなければ。

でも、手段を選んだから生きているんだろうな。こんなろくでなしでも。

さあ、粥が炊きあがった。

塩を加えず、大根と蕪は食感を残して。

青菜立ちは刻んでいると良い匂いだ。それを殺さぬようにざっくりと刻み、最後の蒸らしで、今、加えたところだ。

命の匂いがする。


   


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月29日 (木)

カニカニカニの季節でんな

久々の更新で、またまたすいません。

mixiで日記を書いたりはしているのですが、このところ食べ物関連の仕事をあまりしていないのと、外呑みも少し控えているので、なかなか書くことができませんでした。

でも、少しがんばろう。

10月はとあるWebの原稿を書いたり、とある自動車メイカーのオーナー向け会報誌の仕事をしたりで、日本中を飛び回って
いました。青森から福岡・小郡まで、鍋の取材です。

鍋は気軽な食べ物で、我が家でも忙しいときは鍋、となります。

秋口に毎年食べるのは、鴨と松茸の鍋。これが鍋シーズンのスタート、ということもよくあります。今年はその前にピェンローを食べましたけれど。

本当は天然の真鴨や尾長鴨が美味しいのですが、猟期には遠く(たいていの地域では11月中旬が解禁でしょう)、合鴨や、養殖真鴨を使うことが多いのです。

松茸も国産……と行きたいところですが、今年はものすごく高いこともあり、先日食べたのは韓国産。終わりの時期だったので、なじみの居酒屋・西荻窪「しんぽ」のご主人にお願いして、市場で買ってきていただきました。
Matsutake01
すごい大きさで、一日で松茸を食べきれませんでした。

じつは野鴨のがらで取ったスープ(これは所長の仕事の関係で、ストックしてありました)があったので、それを吸い口より少し淡めの味付けにして、手で裂いた松茸と鴨のスライス、そして水菜だけ。

いや、実に酒が進みます。

味を調整するために、柚子胡椒を使ったり、自家製の三升漬けを使ったりします。

ちなみに、我が研究所の勝手に公認柚子胡椒は、湯布院の「さめじま精肉店」のものです。赤と青があり、それぞれ特徴があるので、使い分けています。

ただ、最近は柚子胡椒の登場回数がちょっと減りました。というのも、青森名産の三升漬けがあまりにも旨いので……。

柚子胡椒は、もうずいんぶん昔から使っているのですが、この2年くらい、飲食店でもブームになっていて、うんざりしていることもあります。なんでも柚子胡椒使えばいいってものじゃありません。食材や料理との「出逢い」があります。


三升漬けは、南蛮(生の青唐辛子)と麹、醤油を1:1:1の比率で漬け込むもので、簡単ですから自家製をおすすめします。青森に行くといろいろ売っているのですが、東京で、青森の物産を売っているところは少なくて、売っていてもにんにくを粒ごと漬け込んだものなんかがほとんどなんですね。

青森は田子のにんにくが有名ですからそうなってしまうのでしょうが、これは調味料としては少し使いづらいのです。

よく「3か月くらいでできる」と言われますが、我が研究所では、半年以上かかりました。

今年は、鍋を何回食べるだろう。なにせ、鍋好きですから。

ところで、今日、こんなプレスリリースが届きました。

カニの季節ですねえ。松葉蟹。

ありそ亭は、三国の海岸沿いにある旅館「有磯亭」のご主人が東京・青山に出されたお店。今の季節は松葉蟹が美味しくいただけます。

松葉蟹検定、受けてみたいけれど、仕事が忙しくて無理そうだなあ。

松葉蟹、食べたいなあ……。

というわけで、引用だけして食べた気分になります……。しょぼぼん。

報道関係者各位                     2007年11月29日
プレスリリース                     福井商工会議所

======================================================================
       第1回「越前カニ検定」受験申し込みスタート
         受験料3万円、日本一高額なご当地検定
  検定後には「越前がに」が堪能できる合格?残念?パーティーも開催
======================================================================

福井商工会議所(所在地:福井県福井市、会頭:江守 幹男(日華化学株式会社
会長)は、日本を代表する冬の味覚「越前がに」を題材にした
「越前カニ検定」を来年1月に東京にて実施致します。昨今、全国各地で
ご当地検定が実施されておりますが、この「越前カニ検定」は高級食材の名
に相応しく、受験料3万円はご当地検定としては日本一高額なものとなって
おります。
試験結果は当日発表され、結果発表後には「合格&残念パーティー」を開催
する予定です。パーティーでは「越前がに」はもとより福井の地酒をあわせ
てご堪能頂きます。
また、合格者にはセレブの証?として「越前カニ検定合格ストラップ」を
授与致します。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■「越前カニ検定」の特色■
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・受験料3万円、日本一高額なご当地検定
・検定終了後には「越前がに」と福井の地酒で合格&残念パーティー開催
・合格者にはセレブの証?「越前カニ検定合格ストラップ」を授与
・越前ガニ博士 今攸(こんとおし)先生のカニ講座と正しい蟹の食べ方も
 解説

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■「越前カニ検定」の概要■
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1.日時
平成20年1月12日(土)16:00~19:00
※受験申込期間:11月26日(月)~12月14日(金)
2.会場
検定会場     :ふくい南青山291 2階多目的ホール(03-5778-0291)
合格パーティー会場:日本料理 ありそ亭(03-5466-5820)
(両会場とも東京都港区南青山5丁目4-41 グラッセリア青山内)
3.スケジュール
1月12日(土)    :16:00~16:30 越前カニ検定試験(30分)
          16:30~17:00 越前がにの解説 (30分)
          17:00~19:00 合格&残念パーティー
4.受験料     :3万円(税込み)
5.定員      :30名(定員になり次第、締め切らせて頂きます)
6.申込方法    :受験を希望される方は下記の申込・問合せ先まで
          ご連絡下さい。検定要綱、受験申込書、テキストを
          送付させて頂きます。
■受験の申し込み、お問合せ先
福井商工会議所 地域事業課 〒918-8580 福井市西木田2-8-1
TEL  : 0776-33-8253
FAX  : 0776-36-8588
E-mail: jigyou@fcci.or.jp
URL  : http://www.fcci.or.jp/echizenkani/kentei.html
7.その他
福井商工会議所ホームページ( http://www.fcci.or.jp/ )にて
「越前がにQ&A」を公開しており、検定問題はこのなかから出題されます。
また、ホームページでは「福井市近郊で『越前がに』の食べられる店」も
あわせて公開しておりますので、ぜひご覧下さい。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■「越前がに」について■
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
福井の冬、日本の冬の味覚を代表する「越前がに」漁が11月6日午前0時に
解禁され、三国港をはじめとする福井県内の漁港は、水揚げされた
「越前がに」で連日賑っております。
「越前がに」は雄のズワイガニのことで、ズワイガニは水深200m~300mと
冷たい水でしか生息できません。従って、越前海岸沿岸の厳しい環境は、
逆に「越前がに」の最良の生息場所であり、その結果、最高の海の恵みが
もたらされています。福井県には数多くの特産品がありますが、そのなか
でも「越前がに」は高級ブランドとして全国での認知度は飛び抜けており、
例年、この時期には「越前がに」を求めて全国各地から多くの観光客が訪れ
ております。日本各地では様々な種類の蟹が採れますが、「越前がに」こそ
が「日本最高峰の味」と自負しており、一人でも多くの方にぜひ冬の福井に
お越し頂き、この至福の味をご堪能頂きたいと思います。

** 本件に関するお問い合わせ先 ****************************************
福井商工会議所 地域事業課(担当:木下・高見・嶋田)
〒918-8580 福井市西木田2-8-1
TEL  : 0776-33-8253
FAX  : 0776-36-8588
URL  : http://www.fcci.or.jp/
E-mail: jigyou@fcci.or.jp
**********************************************************************

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2007年9月 1日 (土)

静かに冥れ

ご存じの方も多いが、ウィスキーの伝道師・マイケル・ジャクソン氏が亡くなった。

歌手のマイケル・ジャクソンではない。

おそらく、多くのウィスキー愛好者やバーマンたちにとっては、規範となりうるべき方である。
マイクロブリュワリーを広めた方としても有名である。

mixiをはじめ、あちこちで「歌手のマイケルジャクソンではなく」と書いてあるのは、もちろんウィスキー好きやバー好きでなければ知られないだろう、歌手と同名の「マイケル・ジャクソン」であるからだからであり、そこにはきちんとリスペクトがある。

しかし、そこにRESを付ける人間の「釣られました」「(笑)」という書き込みのなんと多いとこか。

そういう奴らは、二度とウィスキーも、ビールも飲むな、と言いたいくらいのリスペクトのなさである。

日本の酒飲みとして、そういう人間があまりにも多いことが嘆かわしい。

本人は、やり残したこともたくさん在るであろうが、酒をこよなく愛し、酒のために生き、そして逝った男に対して、安らかに冥れ、という気持ちがわき上がってくる。

Rest in peace, Mr. Jackson.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月22日 (水)

変貌を強いられる「銀座」という街(そうとう剣呑)

 友人と、銀座で待ち合わせをした。

 古いつきあいで、僕の神戸の知恵袋だ。いい店をたくさん知っているし、何よりも、酒とごはんを愛している。(女性をより愛しているのはここだけの話だ)

 ちょいと、密談をごにょごにょ。また遊びの悪巧みである。その中で、敬愛するチャーリー・コウセイさんの店に近々連れて行ってもらうようにお願いをした。

「ルパン三世」のエンディングテーマ(曲名がついていない)を歌っている方である。今も神戸でライブハウスを開いている彼は、自分のライブのエンディングで必ずあの曲を歌うのだそうだ。最近は、新譜もでたらしい。楽しみ。できれば9月に行ければ。

 しかし、銀座はどんどん変わっている。

 mixiの日記にも書いたのだけれど、銀座はいま、バブルのようなもので数年前に家賃の坪単価が恵比寿以下に下がったことが信じられない。知っている店も何軒か閉めたし、なによりも、きさくに(決していい意味ではない)入れるちぇ~ん系のだいにんぐばあとか、そんな店が増えてきた。

 そんな店、誰が行くものか、と思う。そういう店に行きたいヤツは、渋谷か新宿に行きなさい。

 銀座、という街は、それだけ「特別」であるし「格」を持っている街である。

 しかし「資本」とか「投資」とかいうやつが、そういう街を破壊し尽くしている。

 京都の先斗町は、25年前、はじめて行ったときに、小僧っこが入れない通りだった。

 昼間でさえも。それだけ、「格」と「敷居」と「気」が存在する通りだったのである。今のように、バカップルが手をつないで歩ける場所ではない。クレジットカードも使えない。そういう町だった。

 銀座には、今でも古い店が残っている。

 その中には、もちろんクラブもある。僕は、女性が隣に座ってドンペリニョンを空けたり、クラッシュアイスでブランディを一気飲みすることにはまったく関心がないので行かないが(行けない経済的理由もあるし、祇園のお茶やさんも取材はさせていただいたが、自分のような経済力のない若輩者が遊ぶ町ではないと感じたので、自分のお茶屋は持っていない)、銀座にはひとつのしきたりがある。

 たとえば同伴でクラブで働く女性と食事に行く。食事の時間は短い。せいぜい、1時間というところであろう。だから、天ぷら、鮨、おでん、といった店が流行るのである。そして、その勘定の中から、ある一定の金額が、その女性が所属する店、あるいは女性にキックバックされる。

 銀座の飲食店とクラブは、そういう、切っても切れない「縁」がある場所でもある。

 でも、そんな中で粋な遊び方をする大人(ターレンかな、タイジンかな。すくなくとも「おとな」なんて恥ずかしい読み方はしないでくれ)がいて、「銀座のバーのスタイル」ができたのだとも思う。

 たぶん、いま、銀座の「格」を一番残しているのはオーセンティック・バーだ。

 絵里香から出た、スタア・バーの岸さん。バー・オーパの大槻さん。もちろん、モーリバーの毛利さんやテンダーの上田さん、伝説の吉田さん。今は閉めてしまったクール。そして、その弟子たちが、銀座を支えている。

 ぼくにとって、銀座は「オーセンティック・バーの街」なのである。

 こんな状態になってしまったのは、「格」の上に胡座をかいていた3代目、4代目とやらの若だんなたちのふがいなさかもしれない。呉服店は今でも極上の反物を扱っているだろう(日本橋の方が上かな)。しかし、営業努力をしていないから、時流に乗り遅れているらしい。

 その代わりに入ってきた(というか、元々が呉服店だったのだけれど)百貨店も、もう時代遅れの業態になりつつある。

 一方で、外から入ってきて、がんばっている店もたくさん、ある。

 元麻布の栗原酒店の次男坊が開いた「庫裏」。

 理論に裏打ちされた技術をしっかりと持っている、鄙にもまれな和食の名店「銀座小十」。

 そして、昨日友人を誘って遊びに行った、和知徹さんの店「マルディグラ」。

Bomb01 Gaspacho01 No9 Tajin01

 どれも傑出した、しかしフレンチの枠にとらわれない料理。暗いので写真が汚くて申し訳ない。

 こういった店が、銀座の「格」を支えていかなければ行けない。

 小十の奥田さんは、あくまで「日本料理」の王道を行く。けれんも時折見せつつ、その仕事は徹底的に「理」にかなっている。

「理」で料るのが料理なのである。

 先日、最近ひいきにしている別の店で、シェフとフランス修業時代、同じ学校で知り合いになったが呑んでいた。

 フレンチのシェフだったらしい。だが、今では銀座の料亭で花板をつとめているという。

 フランスに居たくせに、ワインのワも分からない。ワインの適温とグラスの大きさの関係も分からない。その店は、手頃な、しかし旨いワインを飲ませる店なのだが、ぐるんぐるんと永遠にグラスの宇宙は回転し続け、遠心分離器のようになるのか、と思わんばかりの飲みっぷりだった。

 彼の言い方はこうだ。

「うちは、そうだねえ5万円持ってきてもメシは食えないねえ。そこで政治家や芸能人のみなさんがいろいろお話しするような店だから。でも、銀座だから、素材からして違うのよ。鯛は全部明石の鯛。鯖や鰺は全部関。牛は松坂とかね。食材が違うから、値段も高いし、メシは最高だよ」

 ぼくは、そんな店には行きたくない。最高級の食材は、確かにすばらしい。

 しかし、最高級の食材をいじらずに食べればいい、というのはドシロウトの考え方だ。少なくとも、フランスに行って、マルシェに並んでいる食材がなぜすばらしいのかを理解し、フロマージュがなぜ旨いのか、個性的なのかを理解し、関に行ってなぜそこの鯖や鰺が旨いのか、明石に行ってなぜ明石の蛸が旨いのかを見聞きしてきたような人間の発言ではない。

 そんな店に、5万円は払いたくない。

 少なくとも、嵐山吉兆の徳岡さんは、全国をくまなく回っている。しっかりと、良い食材を見極める眼を持っているし、人脈も持っている。それは他の、僕が尊敬している料理人はすべて同じだ。

 おそらく、彼らは、関鰺でなかろうが、旨い料理を作る。

 こんな人間を雇っていると、銀座の飲食は、いつか全滅する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月21日 (火)

なごりの雫

 一昨日は、所長が『Sakura』という会員制雑誌の撮影で、我が身は家に居て邪魔なばかり、編集さん、写真家さんを含めて8人の美しき女性が家にいるわけで、自分は早々と街に出た。

 おりしもコミックマーケット。この存在自体は、すでにぼくの心の中ではどうでもいいのだが、逢っておきたい人もいる。というわけで、有明まで車を飛ばし、人を拾って食事へ。

 どこに行ったかは内緒。朝帰りだった。

 途中「SULAのリザーヴを呑んでいい?」と所長から電話があった。

 最近話題のインドのシラーズで、高い方である。と言っても(今はリリースアウトらしい。抜群なので買うべきですぞ。リザーブじゃないお手頃な方も非常にグレイドが高い)せいぜい3000円弱。持っている本数が少ないので、というだけ。

 しかし。

 部屋に帰ってみると、そこにはこんな空き瓶が。

 あああああ! ’87ヨハネスバーグ・リースリングがああああぁ!

 これは、前回の日記で書いた、西荻サンジャックの平林さんたちと、開店祝いで、白金の某中国料理店を予約して呑もうと思っていたワイン……。

 そして何気なくテーブルの上を見ると……。

 デカンタが……。

 しかも……。

 '94PALMERかよ、おい!

 さぞ美味しかったことでしょう。2回デカンタージュして、やっと開いたそうだ。まだまだ飲み頃には早いと言うことか。でも、これ、1本しかないんだよね。自分が買ったわけじゃないから、これは仕方ないけれど……モンダヴィのリースリング……(涙)。

 PALMERは翌日、つまり昨夜、食事が終わった後に、所長とグラス1杯ずつ呑みました。彼女は、そうではないと言っていたけれど(PALMER好きはもともと彼女で、僕はボルドーは枯れたボトルが好きなので、こんなに若いのは基本的に呑まないのです)、一度開いてから閉じた印象。

 2回デカンタージュしたというのが信じられないくらい硬く、若さよりも初々しさがある。しかも、警戒心たっぷりで、自分が美しい少女であるのかを確信しているように、その初々しさを隠している。昔の観月ありさ、いや、今で言えば成海璃子のような雰囲気である。

 女優として花開くまえの、台詞棒読みの感じがもったいないという点でも同じである。

 しかも、所長の弟子(ソムリエ志望の美女)は、このワインを飲まずして帰って行ったそうだ。リースリングは飲んでいったらしいが……。ダメだよ、所長。こういうのきちんと呑ませて「ロリコンとはこういうことを言うのだ」と教えてあげないと。

 これでは、彼女とぼくが会話できないではないか。プンプン。

 しかし、所長は、これはこれで十分飲み頃と判断している。ぼくはまだまだ若く、このワインは飲むべきではないと思う。

 こういう意見の違いが、ワインラヴァーズの愉しみでもある。違う意見を持ちながら、1本のなごりの雫を愉しむのも、また面白いでじゃないか。

 悔しいから、携帯で写真を撮ったが、なぜか色がおかしく、へたれているのは、僕の「悔恨」の念が映りこんでいるからである。

Palmer01

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007年8月19日 (日)

酒池肉林終わりて静かに独りで酒を呑む

Mejina01  木曜日から土曜日まで、友人の別荘に連れていってもらった。シーズニングチェックを終えた、ぼくのアルファ145はボロなりに快調で、とても楽しいドライブだ。

 本当は、土曜日の夜に、着物美女3人と二子玉川『PEACE!』にて花火を見物しながらの晩餐会のはずであったが、御宿の別荘にはギャルが来るというのでそっちに惹かれて行き先を変えた……わけでもない。

 人生は、流転するものである。

 単にサザエの壺焼きと、カツオに惹かれただけである(半分嘘)。

 しかし前日から地震。当日も地震。翌日朝には、ペルーの大地震(被害に遭われた方が心配である)で津波注意報。海には入れない。

 でも、午後には注意報解除で、7年降りに海に入ってきた。

 楽しいなあ。海は良いなあ。水着のぎゃるぎゃるもいいなあ。しかし、一眼デジで海岸を撮るのは「盗撮」である。だから、一緒に行ったかわいらしい女の子と、横顔が素敵な女性の写真だけ撮った。男は……撮らなかったよ(笑)。

 家に帰りしな、間に合うわけもないのに、所長から「花火に来い来い」と何度もメールが来る。でも、あんた明日撮影でしょ。準備何にもしてないでしょ。宅配便受け取らなきゃでしょ。

 と断り、買い物をしてから家に帰り、鶏ガラのクール便(特別な鶏なのよ)などを受け取る。本来は同居人の仕事である。ノークレジット、ノーギャランティ。でもいいのさ、愛しているから。

 鶏ガラのスープを取り終えて、西荻窪某店へ。

 ここに美女が3人来るはずだった。しかし、来たのは所長だけだった……。

 でも、オレと入れ違いに館山の南で「アワビアワビアワビ」を楽しんできた上に、でかい鯛を釣ったこの店のオーナーシェフの料理が食いたかったのだ。

 前日は、御宿でカツオを丸ごと1本仕入れ、半身は辛し醤油で、半身はたたきで。他にもサザエの壺焼きやら、6人でワイン7本やら、焼酎やら酒池肉林であった。ぎゃるのそばで雑魚寝をしていたのは内緒である。

 ローヌの白を1本。 所長はまだ来ない。この時点で酔っぱらっていた。

 こ~んな具合である。

Kao01_2   いやいや、お恥ずかしや。

 御宿の帰りに、同い年の友人と語り合った。彼は、第二の未来設計図を描いている最中だ。

 俺はどうなるんだろう。

 風に吹かれて、転がる石のように生きていくのか。

 石の下には、もちろんマクリーンの河のように、言葉がある。その言葉を拾って、今日も生きていくのさ。

 女の子を口説いたりしてね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月14日 (火)

辛くないタイ料理、ワインを作るタイ人

最近、我が家が根城ならぬ呑み城にしている西荻窪に、ルアントーンというタイ料理屋さんができました。

ここは、その前が「梁の家」という韓国料理店。まずまず美味しかったけれど高かった。その前は牛角。ということで、なぜか難しい場所なのです。

町の中にはそういう場所があります。結構美味しい料理が出たりするのだけれど、なぜか続かない。プランナーなどは、あれこれほじくり返して、なぜダメだったかという理由を考えるものですが、まあそんなことは言いますまい。

タイ料理、あるいはタイに慣れ親しんだ方ならおわかりになると思うのですが、日本人はタイ料理が好きです。けれど、その多くは、いわゆる「タイカレー」「トムヤムクン」「ソムタム」くらいが三大王者、という雰囲気で、変わったモノや食べたことがないものを食べようとしないのですね。あ、最近はガイヤーンやチキンライス(海南チキンライスですね)なんかも人気かな。

この店は、もちろんそういった料理もあるのですが、それ以外の料理が比較的豊富で、とても美味しいのです。さらに言えばあまり辛くない

タイ料理は、ひーひー言いながらものすごく辛くて、しかも化学調味料がバリバリに入ったものを食べるというイメージがあります。イサーン料理は辛くないよ、と知人には言われますが、化学調味料を使っている点は同じで、そこがすこしだけ不満だったのです。

もちろん、そういったちょっとジャンクな食べ物も嫌いではありません。そういうものを食べたい気分の時も多々あります。なんていうかな、屋台的というか。

同じ西荻窪の「ハンサム食堂」なんかも大好きですから。

でも、この店、ちょっと方向性が違います。

化学調味料は使っているかもしれないのだけれど、あまり強く感じません。

辛さも、ほどほどに。

聞けば、シェフはバンコクのホテルで仕事をしていたそうで。むべなるかな。上品で、それでもタイ料理の良さは十分に引き出しています。むしろ、日本人や、フュージョン料理でタイのエッセンスを取り入れるシェフの方が、少し「タイらしさ」を強調しすぎているのかなとも思いました。

で、最初はビアチャン(チャーンビール)を呑んでいたのですが、この辛さだったらワインを飲みたいね、ということでタイ産のワイン。PBというブランドのシュナンブランです。

昔、フランス資本が入ったタイ産のワインを飲んだことがあるのですが、その時は、醸造技術的な問題もあり、葡萄の質もあまりよくない印象で、なんだかぼやけた白い花の香りがする(というのは、ぼくらの間では酸ボケして個性に欠ける、という意味の場合が多いのですが)ワインでした。まずくはなかったけれど、進んでは呑まない。

しかし、このワインはなかなか旨い。

酸もきっちりあるし、スターターの使い方が旨いのか、いい香りが出ています。この辺はちょっと専門的かな。分からない人は読み飛ばしてください。

おそらくエノロジストが変わったのか、まるでニューワールド系のワインのようなクリーンさです。

でも、インターネットで調べてみたら、なかなか面白い。ぶどう畑は水上にあるそうで。しかも、船に乗りながら、年に2回収穫するというのです。

さてさて、日本のワインにまたまた強敵が現れました。楽しいね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月10日 (金)

食卓は、想いの違いを超えられるのか

アンソニー・ボーディンという人間がいます。

日本では、ディスカバリーチャンネルで放送している「アンソニー世界を食らう」という番組でおなじみです。他にも、「キッチン・コンフィデンシャル」という著作があったり、なかなか才能豊かな方なのです。

その「アンソニー……」を今、観ていました。

彼は、日本に来たときに、蕎麦の繊細さに驚き、フグを「毒のある魚を食べてみましょう。皆さんさようなら」と言ったり、日本人とふれあうなら、まずガードしたの焼鳥屋に行け」など、なかなかおもしろいことを言っている人間で、ユーモアあり、ちょっとロックなおじちゃんです。スタッフやコーディネーターもしっかりしていて、僕自身、TVに出ようとは思わないけれど、こんな仕事は面白そうだと思っています。どっかの出版社、仕事させてくれい。

しかし、今夜放映していたベイルート編は、まったく様子が違いました。

おそらく、撮影はちょうど1年と一か月前ほどだと思われます。地中海沿岸ではよく見られる、ギリシャのスブラキに似た、ケバブやフムス(ひよこ豆をペースト状にしたもの。トルコ料理などでも食べられます)などをピタのようなパンでくるんだものを食べたり、和平が進んで、海外から帰ってきた若者が、比較的金銭的に余裕があり、バーで夜ごと楽しんでいる様子などを刹那的に描いていました。

バーで楽しんでいる若者たちは、内戦は経験していないのかもしれないけれど、爆撃は経験があり、おそらくテロも経験があるのでしょう。

「今だけさ、明日は分からない」というブルーハーツの一節をここで引き出すと、日本人とレバノン人の置かれている状況がいかに異なるか、という思いが浮かび上がります。

彼のガイドは、首相が爆殺されたことによって、いろいろな宗教を信じる人間を受け入れ合うことができるようになってきていると語っていました。平和であることが、何よりも大切なのだ、とも。

アンソニーは、それに応えるように、番組の中で、料理は、人種や、言葉や、宗教を超えることができる、人間はひとつの食卓を囲むことで、理解し合い、お互いの信ずるところを超えられずとも、共存することはできるのだと信じている、と語っています。

しかし、それは、ひとつの出来事でひっくり返ったのかもしれません。

イスラエルの兵士がヒズボラによって殺され、拉致されたことに対する、イスラエル軍の報復的な空爆の開始です。

ちょうどその前に、ヒズボラを支持する一群れのクルマやバイクが、黄色い旗をはためかせ、走っていくシーンを映し出しました。

アンソニーのガイドは、それを「恥ずべきことだ」と苦虫をかみつぶすような顔で言っていました。

おそらく、ベイルートに住んでいる、多くの人たちがそう思っているのかもしれません。

それは、沖縄で地上戦に巻き込まれた多くの人々も、空襲で焼け出された多くの人々も、広島や長崎で被爆をした多くの人々も。

アンソニーはその後、外国人が集まる、大使館にほど近いホテルに移動します。そして、毎日、空爆をするイスラエル軍の戦闘爆撃機やヘリコプターを眺め、低く腹に響く爆発の音を聞き、不安に苛まれながら、ただ時が過ぎていくのを待っています。

スタッフのために、ホテルの厨房を借り、料理をしたのは、おそらく彼が「自分が誰であるか」「何をするべきなのか」を確認する作業であり、不安から逃れる唯一の手でもあったのでしょう。

アメリカの海兵隊が到着し、その船に乗った彼らは、安堵の表情と、海兵隊のきめ細やかな気配りを映し出しながら、同時に、ベイルートにたくさんのものを、あるいは友人を残してきた人々の哀しみをも映し出しています。

そして、マザーシップに乗船し、中のカフェで彼が食べたのは、チーズスパゲティインカセロールだったかな。アメリカでは「まずい料理の代名詞」だそうです。でも、それはアメリカの味。

フランス系ですが、アメリカ人で、NY生まれの彼にとっては、ほっとする味だったのでしょう。

僕は、彼ほど多くの国を旅してはいませんし、彼ほど多国籍に料理を食べているわけではないと思います。少なくとも、インドには行ってないし、煙草の葉で巻いた料理は食べていません。

でも、そんな僕の経験の中でいつも感じているのは、彼らが自分たちの文化に誇りを持ち、それを旅人としてやってくる僕らに理解して欲しいという気持ちにあふれていたと言うことです。マルタ島でも、ギリシャでも、スペインの各都市でも、ソウルでも、シンガポールでも、日本の中で言えば北海道の焼尻島から西表島まで、いつもそうでした。

料理が載ったテーブルは、思いの違いを超えられるはずだと、そう信じたい。

折しも長崎の原爆忌。その夜。1945年の今日、長崎では、そして広島では、食卓を囲めない人々が、大勢いたのだ。そんなことに想いを馳せながら。

そんな一日でした。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

«わきあがる、ちから(ちょっと剣呑)